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「坐る文化」が絶滅危惧種のようになってきたので、畳そのものも生活から遠くなってきた。
でも天真庵の最終週は、いつもこんな感じで「和もの」が続く。
茶道や華道は、畳に座った目の位置から、茶道具や掛け軸、お花などをしつらう。庭もしかり。
最近は漆の器が家庭から消えつつあるけど、これも自然光の中で、食事の場所が華やかになる工夫が施されている。

昨日金沢の般若くんから茶道具を入れるわっぱみたいなものが届いた。ほんとうは先週に金沢の家に
それを受け取りにいくつもりでお邪魔したのだが、ふたりで一升瓶をからっぽにするまで飲んで、失念してしまった。
さっそく、そのひとつに、急須と茶碗、茶入れを入れてみた。「ひとり茶」にぴったりの道具仕立て。
来週は久保さんから、この箱に入れる煎茶碗(兼酒器)が届く。

お茶のおいしさというのは、生命力であり、「宇宙や自然と繋がっている」と魂で感じてくると、身のまわり
の食べ物や飲み物の「味」もおのずから変わってくる。濃い味に慣れた現代人にはわかりにくい微妙繊細な味だ。

昨日は、「能登れんこん」のキンピラ、能登の家の前の海で縄文式漁法で採れた「豆鯵」の佃煮・・などを酒肴に
飲み、そばで〆た。一番長老の78歳になる人の3ケ月ぶりの復帰に会が盛り上がった。

男の平均寿命は80を超えたけど、「健康寿命」というのは70そこそこではなかろうか。これからますます、
低くなってくるような気がする。昨日、ぼくの尊敬するセラピストからショートメールがきた。77歳。
まじめなお仕事を「ひとつごと」のようにこつこつやってきた人で、横浜に用事がある時は必ず訪ねる大先輩。
釣りの師匠でもある。

「野村社長様 先日 チン労感謝の日に横浜駅西口のM性感に行ったら江尻エリカよりかわいい子に当たりました。ラッキー」

人間の根源的なエネルギーが自噴するようなショートメール。「ほとばしる」文だ。

今日の真民さん。自分がやりたい「こと」をこつこつやる人が、結局遠くまで到達する。急いだらあかん。

「こつこつ」

こつこつ
こつこつ
書いてゆこう

こつこつ
こつこつ
歩いてゆこう

こつこつ
こつこつ
掘り下げてゆこう   真民

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月と卵をかけたわけではないけど、311があった2011年の一月から
「月曜の朝は卵かけごはん」をやっている。8時から10時。朝ごはんをちゃんと家で
食べている人には、無用な「朝定」やし、めしを準備する時間的余裕のない人たちに
とっては、中途半端な時間帯かもしれない。

地味だけど、「アド街?」(自分はテレビを見ないので、今やっているのかもしらへんけど)で、
スタジオで食べる、とかいう機会があり、その時は、開店前から行列ができた。
ほんまに、日本人は洗脳されやすい。今は常連さんがほとんどだけど、まじめに
「平飼いの卵」「もち麦ごはん」「うめ星入り糠味噌でつくった香のもの」「卵かけごはん用かえし」(ちょっと専門用語)
をつかってやっている。卵を入れる蕎麦チョコは、久保さんが轆轤(ろくろ)をひいたものを四国の南條先生ところへ
もっていって、寒山拾得の絵を描いてもらい、また久保さんの窯にもっていって焼いてもらったものだ。

311の時を機転に、若い人たちが田舎のほうに移住すること、が顕著になってきた。
福岡の「糸島」あたりは、移住者のメッカみたいなところだ。ぼくは最初、福島あたりに
移住する予定でいた。「旅人」(たびと)という街のひびきと空気が大好きで、何度も通い「空き家」
を探した。途中に原発があった。あんな風光明媚なとこになんで?という違和感があった。
でも「これ」という物件と縁がなく、押上のうらぶれた商店街にくち枯れそうな建物と出会い
2007年に上池袋から押上に移住してきた。

そして昨年から能登の志賀町で月の10日は暮らしている。あまり知られていないが、志賀町にも原発がある。
日本海側は、「原発銀座」のようなところもある。なんかこの時代に「不似合い?」な感じが否めない。
昨日、ローマ教皇が長崎・広島を訪問し、世界に「核兵器廃絶」のメッセージをだした。
トランプの耳に届いたのだろうか?日本にきて、ゴルフやヨルフをやってボリボリ。。なんていう時代ではない。

能登の羽咋(はくい)というところは、UFOと自然農で村おこしに成功した街。そこの象徴みたいな
「コスモアイル羽咋」にときどき遊びにいく。その時、今は休止している「原発」の前を通る。
自然農でできた米を食べてくれたのが「ローマ法王」で、「ローマ法王に米を食べさせた男」(講談社/高野誠鮮)
に詳しく書かれている。彼と先々月あってきた。日常会話が「宇宙的」である。
アメリカ、ロシア、中国、日本、朝鮮半島・・・・そんなセクト主義みたいなもんで、
ソロバンをカチャカチャやっていても、ほんとうの平和など実現するはずもない。
核も原発も抜き、「飛車角抜き」で将棋をさすようなもんかもしれないけど、地球はそのくらい危機に瀕している、と思う。
今日の「天声人語」のしめの言葉でしめる。

ローマ教皇の言葉がいまも耳の奥から聞こえる。宗教の違いを超えて、胸にしみとおる

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見てないけど、朝ドラは「スカーレット」をやっているらしい。
信楽の女性の陶芸家が主人公だとか・・・・スカーレットは「炎色(ひいろ)」
という意味らしい。渋谷に「炎色野(ひいろの)」という陶器のギャラリーがある。
何度も書いたけど、天真庵の器をつくってくださる久保さんも、、何年か前まで毎年
個展をやらせてもろうた。女将も「炎の芸術家」を家族のように応援してきた女傑である。
しかも古信楽の妖艶のようなあやうい美人である。今年で終わるのがなんとも寂しいかぎりだ。

今年の12月21日から25日の丹波焼の今西公彦さんがトリで緞帳を下げることに、あいなった。
彼は代々続く陶芸家の当代の人で、器もいいけど、丹波での暮らしの話などを酒飲みながら
すると、抱腹絶倒したくなるような話が尽きない。きっと、その土地の地縛霊さんたちと
普通に会話してるような節がある。ヘビの交尾の話などが始まると、酒を吹き出しそうなくらい、おもろい。

明日23日(金)から27日(水)までは「渡辺愛子」さんが個展をやる。信楽の現代のスカーレット。スターかな。
19回目になるらしい。京都の嵯峨美をでて、しばらく学校の先生をやってはったんやけど、
思うことあって「陶芸家になろう」と決めたそうだ。信楽の茶人ごのみの壷のことを「蹲(うずくまる)」という。
「考える人」ではないけど、人が煩悶しながらうずくまっている姿を連想し、そう呼ばれている。
若い(45まで)ころの彼女の蹲が何点か天真庵にある。みずみずしいスカーレットに、彼女の「夢」
みたいなもんが投影されていて、ときどき「冬きたる今のような」ころ、そこに白い椿の「初嵐」
などを投げ入れると、部屋の空気が凛然とする。彼女もまた冬の白い椿のような雰囲気を持つ美人だ。

銀座の黒田陶苑で「たぬき」のおきもんをつくった年があった。「キンタマついとん?」ときくと
「つけてへんわ すけべ」と返事された。信楽いうと、キンタマぶらさげて徳利かかえたタヌキを
連想するけど、銀座の名店にはふさわしくない、と思ったんやろね。天真庵の二階に、さりげなく置いてある。

信楽は、昔から茶壷や、能舞台の床の下に置いて音響効果を高めたりするのに使われた。
彼女の大壺は、女性とは思えない迫力がある。能登の家には、彼女の大壺を玄関にと置き、
水曜の朝は枯れすすき、ナナカマドとか紅葉した蔓などを入れ、松の木も入れた。
さながら「三段紅葉」のような投げ入れの花と、信楽独特とビードロという窯変した緑の
コントラストがすばらしい・・・誰もいってくれへんので、自画自賛風。

天真庵の改装していた正月は、彼女が一升瓶をぶらさげてきてくれた。工事中のココでお屠蘇を飲んだ。
オープニングの時に、カウンターで自慢のタコ焼きを焼いてくれたことも、まるで昨日のことのようだ。
今では押しも押されもしない陶芸家になり、来年はスイスでも陶展をやる。
これからも楽しみな作家だ。ぼくは自分の骨壺をお願いしてある。

作家もんの器が生活の空間にある・・・というのは、言葉では尽くせぬ「ゆたかさ」がある。
縄文時代から続く「六古窯」瀬戸、常滑、丹波、備前、越前、信楽のことをいう。
その中の「信楽」と「丹波」の逸品が渋谷で見られる。ぜひ足を運んでほしい。
左党(酒のみのこと)のおふたりの作る酒器も、いいよ。

明日は「かよちゃん組のピアノとオーボエの発表会」があるので16時閉店。
明後日は、ひさしぶりの「満つまめの会」が二階で・・すぐに満席になった。感謝。

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昨日は能登から、世界遺産の五箇山を超え、高山から下道で松本までいって寄り道をして
深夜に東京にもどってきた。途中のアルプスの山は、頂(いただき)に雪化粧をしていて、
雪の下は紅葉があり、その下には松などの常緑林がひろがっていた。
「三段紅葉」という。神がつくりたもうた自然そのもの。

松本に「大久保醸造店」という100年の歴史をもつ醤油屋がある。
ぼくのそばの師匠が「そばの神様」といわれる高橋邦弘さん。40代のころ
彼の道場(そのころ広島と島根の県境の山奥にあった)。最終日に神様が
軽トラでバス停までおくってくれた。バスがくる10分前にバス亭に到着。
「どうぞ、ここで待つので、おかえりください」と別れの挨拶をしたら
「まだ10分もある。」といって、軽トラの助手席に座りなおしたら、
「かえし」(ソバツユの根源的なもの)の作り方を口伝していただいた。
神様が教えてくださった「黄金比」だ。
そのかえしに使う醤油二種をつくっているのが、「大久保・・」

松本にある小さな醤油屋といえ、日本中の「これ」という蕎麦屋や料理屋のご用達であり、
欧米やベトナムあたりの日本料理屋などでも使われている逸品。
どの世界にも「高いもの」と「安いもの」がある。大豆と水と麹と塩で醤油はつくられる。
ただそれだけだけど、いろいろケミカルなものを加えて大手の醤油のラベルを見ると、
横文字の添加物が加わっている。大久保さんのは、シンプルそのものだ。
一度「ほんもの」を味わってみると、似て非なるもんとの違いがわかる。

電話で注文する時、ときどき(この13年で2度だけだが)、電話に会長こと齢80歳
になる大久保文靖さんと話をする。いたってシンプル。
「世の中には、きまったこと、と、きめたことがある。ホンモノとニセモンみたいなもんよ。
自然の中でできる大豆。麹。水。塩・・この恵は神様がきめたこと。それに何かを足したり、もどき
にしたり、もうけをのせたり・・等が、きめたこと。消費税がなん%いうのも、役人がきめたこと。」
というシンプルな哲学。でもホンモノはみな簡素。「わしのいうことは、10年たっても同じ。根本に
近いことしかしてないので」が口ぐせ。

蔵の中の部屋に通され、お盆に萩焼の急須と茶碗がはこばれ、会長みずから湯を
注がれ、「うまいから飲んで」(へりくだった言い方はきらいだ、とのこと)とのこと。お茶うけは、自家製の酒粕につけた野菜。
その部屋に7人が大きな卓でいっしょに食事をする写真が飾ってある。雑誌の取材の時の写真。
「毎日の食事の風景。いいやろ。孫まで7人が同じ屋根の下に暮らし、同じものを食べる。100年続けてこられた根本がこれ」
とのこと。ときどき、蔵の中でSPの鑑賞会をするらしい。会長は特にモーツァルトのピアノが好きだという。
酒蔵で音楽聴かせながら「かもす」というところもあるが、この醤油屋は創業以来そうしているらしい。
なにごとも「作為」ではなく、「自然」なのがいい。「こんど松本に宿きめて、モーツァルトをいっしょに聴こう」
という約束をした。「せっかくだから、ぼくが8年がかりで特許までとった樽を見ていきませんか」
というので、見せてもろうた。

なんと、大きな杉の木でできた樽に漆が塗られていて、それが蔵の中に横たわっている。
「まだ使いはじめなので、できる醤油が若い。あと10年くらいすると、いい醤油ができる。
女も男も、若いだけではおもしろくないやろ。みないっしょ。これもきまってるもんやな」といって
少年のように笑った。あと十年というたら卒寿。夢を追う少年そのものだ。
「きまった」ことに寄り添い、きめた道をこつこつと歩いた80年。
「人の行く裏に道あり 花の山」・・ひとつごとをやり抜くには、孤高なものを目指す孤独がつきものだ。

その後、教えてもらった近くの温泉にいき、少しぬるめの湯に入って、前の日に読み直した
歎異抄のこととなどを思った。若いころと違って「他力」のことが少しつかめた。
この世に生まれ落ちた瞬間から、空気を吸い、母の乳を吸い、いろいろなものを口に入れ、
他の命をいただきながら、死んでいくまでの間、ほとんどのものが「自力」ではない。「他力」。
家族の一員にさせてもろうたこと、その後いろいろな出会いなどがあったり、ほとばしる恋の相手
ができたり、結ばれたり、また家族ができたり・・・すべて「神さまがきめたこと」すなわち「他力」だ。
その「きまりごと」の縁に感謝しながら生きていきなさい、と親鸞さんは「他力」を説いていかれた。
京から佐渡へ罪人として流される間、北陸の民たちは、親鸞さんの話をよく聞いた。違う宗派のお寺
が、わざわざ「浄土真宗」に変わった、という寺もあったらしい。

相撲中継のテレビのある休憩室で、メールをひとつ。遠藤と地元出身の関脇(琴なんやら)との対戦に
なったら、みんなあつまってきた。能登出身の遠藤が勝った。能登の温泉だったら、みんなで拍手喝采の時。
みんな「え~ 遠藤に負けた」とか、お風呂からあがってきたじいちゃんは「どっちが勝ったの?」と聞いてくる。
ポーカフェイスで「え・ん・ど・う・・です」といいながら、残った牛乳を飲みほして、帰路を走る。感謝。

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季語の少なくなってきた都会では、衣変えの時くらいしか季節を感じないが、
今年は「令和」になり、秋9月ころから、毎月の満月を過ぎるあたりから、大きな季節の変化
が見られ、11月11日11時11分からは、ガラッと地球の根本命が変わったような気もする。

明日東京に戻る。昨日は午後から☔という予報だったので、家の横の畑と、駐車場の裏のさつきの畑と
ふたつの畑に鍬を入れた。家の横は、長年隣のおばあちゃんに貸していたので、鍬も力をかけずに掘り起こせる。
でも農薬や除草剤を使ってきたので、みみずもかえるや虫がほとんどいない。辛味大根を植えても、「そのまま」だと
幼子のチンチン以上には育たない。もうひとつの畑は、まだ石はごろごろしているし、そこに自生していた植物の根
もいっぱい土の中にある。鍬に力を入れないと容易に土がほれない。でもみみずやオケラがいっぱいいるし、これから先はかえる
の冬眠のねぐらにもなる。辛味大根も立派な男根みたいなんがとれる。二股の女人みたいなんもとれる。いのししが時々遊びにくるけど、それはみみずが目的のひとつらしい。自然界の環境がかわって、いのししや鹿やクマが人里にあらわれ、テレビなどで大袈裟に報道したりするけど、結局、一番の犯人は「人間」だ。

さつきの畑のお隣さんは、テレビにもでてくれたけど、今年千葉からUターンして実家にもどってこられた。
畑もやれば、海にもぐってさざえを採ったり、伝馬船で釣りにいったり、このへんでは「日常茶飯」な自給自足力を
もともともっておられる。うちの畑のまわりの雑草を刈ってくれたりするので、いつも「ほぼぶらじる」を
お礼がわりにもってくる。昨日はそのお礼に「香箱蟹」を二杯もってきてくれた。生きていた。
松葉ガニ、ズワイ蟹もいいけど、この時期の♀の香箱蟹は、天下一品だ。

京都に住んでいたころ、先斗町の歌舞連所の近くの路地裏の小料理屋の女将が、冬にはきまって香箱蟹を使って酒肴にしてくれた。
カウンターだけの小さな店やったけど、人間国宝の近藤悠三さんの器がなぜだかいっぱいあって、舌と目の勉強をさせてもろうた。
「染付の悠三」といわれた人だ。茨木窯といわれる大阪の茨木にあった場所は今は骨董屋になっている。天真庵で使われている
天井の碍子や、漆の器はそこから調達したものが多い。その骨董屋の美人女将は、「いつでもどうぞ」と一泊1000円で泊めてくれる。
泊めてくれる部屋には、近藤悠三の煎茶茶道具などが、ぞんざいに並んでいたりして、帰る時は宿泊料の何十倍を払うことしきり。
でもずっと使い続けていかれる逸品ばかりなので、結局、いいもんを買わせてもろうた。感謝。
大学は横に卒業させてもろうたけど、そのころの京都には、「いま」につながる一生もんの勉強を教えてくれたところがいっぱいあった。

京都の御所の近くに「烏丸」という通りがある。「とりまる」と呼んではいけない、「からすま」が正解。
昨日紹介した暁烏敏も、鳥ではなく烏で、「あけがらすはや」・・・おまけにもうひとつ語録を・・

〇私たちにいうて来ることに、あまりよいことはない。人生の悲惨ななことを多く持ち込んでくる。
自分は人生の悩みを捨てる塵捨箱に類する人間に感じることがある。でも、うんうんと人たちの悩みを
聞いておると、こちらではどうしてやれなくても、あちらで胸がすくというのだから、思わぬお役にたたしていらだくのだと
喜ぶこともある。

注 きれいごとや解決方法をうわべの言葉を使って相談相手にならなかったので、講演も著書もあまり売れ
なくて、「人しらずしてうらみず」の人生やったけど、書と同じように残した「本音の言葉」は永劫に「ほとばしる」もの
がある。メールの一行一行も「ほとばしる」もので交換していきたいものだ。感謝。

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いつものように、朝近くの藤懸神社まで散歩。
神社の近くの欅(けやき)の梢(こずえ)にジョウビタキが鳴いていた。冬鳥だ。
雀のような小さな体だけど、大陸から海を渡ってやってくる。600kmの道程だ。「今年もかえってきたよ」と尾っぽを
上下に揺らしながら。冬近い能登に「鳥の自由」を見た。命がけの自由である。

先日、金沢の美術館をふたつまわった。中川一美術館のある公園にの中に、銅像があった。
中川さんではない。盲目の高僧といわれた「暁烏 敏」(あけがらす はや)和尚。真宗東本願寺のお坊さん。
美術館の隣に「千代女」(ちよじょ)の俳句記念館を見た。そこに暁烏敏の書があった。
天衣無縫、まったく作為のない字にしばし足が釘ずけになった。おふたりとも、松任の出身。
はじめてきた地ではあるけど、無駄のない縁を感じた。「まっとう」な人生を歩んだ先人がいる町。

30代終わりか40代のころ、暁烏敏の本を読んだことがある。また老後に読みたいと思い、
実家の本箱にいれたことを思い出した。能登にもってきた本の中にそれを見つけ、今朝散歩から
帰ってきて読んでいる。そのころはあまりピンとこなかったものが、今は魂の中に染み入る。
60過ぎになって気が付く「魂の若さ」みたいなもんがある。「お金をもらっても、50代や40代に
もどりたい、と思わない」とそんな時に思う。意固地ではなく、そんなことを最近よく思う。

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〇苦しいというのですか。それがどうしたというんですか。苦しいのが面白いんですか。そんならおめでたいことです。
いやなんですけど苦しいというのですか。いやならやめたらいいでしょう。どうしたらやむのですか。
やめたければ何時でもやめられます。どこかよいところがあるから苦しんでおるんです。私たちは、ほんとうに苦しむ時には
、苦しんでおられなくなるもんです。苦しいというておるのは、まだ苦しみに余裕があるんです。つまっていないのです。
つまったら、飛びぬきます。熱いというて湯の中にはいっておる間は、まだ余地があるんです。ほんとうに熱くなれば飛び出して
しまいます。

道ならぬ恋に苦しむ女性に
「親鸞でさえ、愛欲名利に迷っておられたのだから、凡夫のわらわれにはなおさらだ。
人が人を愛し、人を思いつめて、気違いになるようになるというのも、人間の美しい姿なのだ」
(注) 彼も僧でありながら、道ならぬ道を歩んだ人だ。矛盾の中に身を投じて、臆せず恋愛にたじろがなかった。自由は
鳥も人間も同じ、命がけである。

〇昔は金を「おあし」というた、またお小遣いというた。今は金がご主人で、人間が「おあし」で小遣なんだ。
みじめなことだ。あまり金のことを大層に思うてはならん。

〇人間の一生は、色々に苦労しているのも一生であり、苦労しないのも一生である。
苦労した一生が尊いというのでもなく、苦労しない一生が尊いというのでもない。
人生の味は「いまここ」にある。ただそれだけのことである。